『詩』第五弾!階段を降りた後

詩を載っけます!

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「詩」階段を降りた後

僕は歩道橋の階段を一段ずつ登った。

最後のステップに足を置き、左に曲がるようにして視線を移した。

そこには人間がいた。反対側の欄干に背を預けるようにしてそこに人間がいた。座っているのか、据えられているのか、置き去りにされたのかは判断がつかなかった。僕がそう言うのは、その人間には左足しかなかったからだ。四肢のうち3本は根元からそっくり引っこ抜かれているようにそこにはなかった。左足はお尻の下に折りたたまれていた。猟奇的な芸術家が作り上げた大きな置物のような趣があった。

その人間の表情や佇まいは不気味という言葉では表現しきれないありさまだった。頬は穴が空いてるように窪んでいた。その窪みにさす影は漆黒そのものだった。そのため皮膚の色とほとんど変わらない唇は前に尖っているように萎んでいた。鼻は生々しく骨の形に沿って突き出ていた。鼻の皮を骨が今にも突き破ってしまいそうだった。肌からは潤いや艶は一切合切すべて取り除かれてしまっていた。大小さまざまな褐色の斑点が散りばめられ不潔な印象をいっそ強くしていた。皮膚は支えてもらう筋肉を失ってしまったかのように地面に向かって雪崩れ落ちそうになっていた。

その人間の表情以外はすべてボロボロの布切れで覆われていた。きっと体は肋骨がありありと浮き彫りになるくらい貧相なのだろう。その人間の表情や佇まいを見る限りにおいては男なのか女なのか判断がつかなかった。その人間の前には蓋がくり抜かれた缶ジュースがぽつんと置かれていた。その中にはいくらか硬貨が入っているのだろう。

僕はその人間の目を見つめながら歩いて行った。その人間も僕の目を見続けた。瞳孔以外は全く微動だに動かない。剥製の人間くらい静けさに満ちていた。

僕はその瞳からその人間の内面を読み取ろうとしたが上手くいかなかった。その人間の瞳には何もなかった。何もかもがその瞳からは去っていってしまっていた。潤いも乾きも、同情も媚びも、希望も絶望も、癒しも痛みも、正義も悪も、プライドも恥も、喜びも楽しみも悲しみも寂しさも、関心も無関心も、思考も判断も、何もかもが徹底的に排除され空っぽだった。その人間の瞳はただ僕の目を見ていた。空っぽの鍋の中を覗くように。無感覚の権化だった。不存在の絶対的存在とでもいうべきか。その人間はこの世界に所属することをやめてしまっていた。あるいは辞めさせられてしまっていた。僕の想像力ではその人間の瞳になることはできなかった。これからもできないままなのかもしれない。

僕はやがて彼女の前を横切り階段のステップを一段ずつゆっくりと降りた。

階段の最後のステップを降り、振り返ろうとしたが結局思いとどまってやめた。

自分の手のひらを見た。

その手はみずみずしく生々しく見えた。

そしてその歩道橋から歩き去った。

 

あの日、

歩道橋の階段を降りた後で僕は変わってしまった。

何かが抜け落ちてしまった。

僕はわずかなりともその人間に深く関わってしまったのだ。

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