傷つくことは避けられないけど、傷は心の豊かな滋養になる

皆さんは傷ついた経験ってありますか?おそらく皆さんも少なからず経験をしていると思います。

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傷つくことは避けることができない

好きな人に嫌いって言われた、両親から見放された、仲の良かった友達が陰で自分の悪口を言ってた、理想を叶えようと努力していたら真っ向から否定的なことを浴びせられた、単純にぶたれたり殴られたりした、

そういう経験で僕もみなさんもたくさん傷ついてきたのではないでしょうか。そしてその傷で一人ぼっちで苦しんだこともあるのではないでしょうか。

外の世界で人や自然と関わりを持つ限り、傷をつかないで生きていくことはとてもとても難しいことなのです

しかし傷に対する自分の反応は選択できる

このように僕たちは否が応でも何かしら外の刺激を受けて傷をついてしまいます。

しかし、その傷に対する僕たちの反応は変えることができるものと僕は考えます

多くの場合、僕たちはその傷を「苦しみ」の対象としてみてしまうのでしょう。つまり、外界からの刺激を受けてできた「傷」に対して、「苦しむ」という反応を選択しているのだと思います。

そして、この「苦しむ」という反応は自分自身で変更することが可能なものだと僕は考えます。

僕は好意を持っている人に何かしら否定的な言葉を投げかけられた時、傷つきます。たとえば、「本当に優しさが足りないよね」「男としてかっこよくないよね」「真冬で飲む冷水くらい冷たいよね」とか、こういうことを言われたらさすがに傷つくでしょう笑。

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ポジティブな反応を選択しよう

しかし、傷に対して「苦しむ」という反応を選択しないで、「受け入れる」「学ぶ」あるいは「観る」という反応を選択するように心がけています。

「受け入れる」や「学ぶ」を選択すると、「そうか、僕には優しさがまだまだ足りていないんだな、もう少し周りをしっかりみてみよう」と自然とポジティブな考え方へと流れていくし、「観る」を選択した場合でも、「そうか、僕はいま優しさがないと言われて傷ついているんだな、そういうことで傷をつきやすい心の持ち主なんだな」と自己理解へ流れていったりします。

他にも反応の仕方はあると思いますが、いずれにせよ反応の仕方でその傷が自身をより成長させる滋養になるのか、あるいは成長を妨げる足かせになるのかは大きく変わってくるのだと思います。

これからも生きていく上でさまざま傷を受けることでしょう。特に感受性が豊かな人なんかはね。しかし、それは決して不幸なことでなく、むしろ絶好のチャンスでもあるのです。

傷は心の滋養になる

この合言葉を胸に進み続けましょう!

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