ありのままの自分を大切にするとは?自分の傾向性と自分の未知を大切に

よく耳にする言葉に「ありのままの自分を大切にしよう」というものがあります。

そして、この言葉はどこか魔法的な求心力を持ち、僕たちを惹きつけてしまいます。

皆さんも一度は「ありのままの自分」とはなんだろうかと考えたことはあると思います。

しかし多くの場合、実体がよくわからないまま考えを途中で止めてしまったり、あるいは安易に自分の人間像を断定的に決めつけてしまったりしてきたのではないでしょうか。

そんな曖昧な表現「ありのままの自分」というものについて少し考えてみました。

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自分自身を完全に理解している人はいない

ありのままの自分を大切にしようと聞くと、大前提として自分がありのままの自分を見事に知り尽くしている必要があります。

しかし、自分自身を完全に知り尽くすなど、僕は不可能に限りなく近いと思っています。

それは、海に生存する生物の数を正確に言い当てるようなものだ、と思うわけです。

海の生物が時間とともにその個体数を変化させているように、僕たちも年を経るごとに成長し変化していきます。成長するということは肉体的にも精神的にもそれなりの変化が伴うことになります。その変化は限り無く小さな内容から劇的な内容まで多岐にわたり、刻一刻と行われていきます。その移り変わりがある僕たちの内の固定的な部分を取り出して、「これがありのままのぼくなんだ」というのは、無理があるように思うのです。

例えば、僕は小さい頃から恥ずかしがり屋で内向的で一人で遊ぶことも好きだったんですが、中学高校と進学していくうちに体育祭の団長をするなど集団の中心的な役割を担うようになっていった経験があります。

ここでぼくが「恥ずかしがり屋で内向的な自分」をありのままの自分だと断定するのには無理がありますよね。集団の中でもそれなりに活発に役割を担ってきたのだから。

自分の中にはまだまだ自分の知らない自分がいる

そう考えると、やはり自分自身を完全に知り尽くすことはとてもとても困難だと思ってしまいます。

しかし、そのことはかえって自分の中にはまだまだ自分の知らない自分がいるんだ、ということを示唆してくれているとも言えるのです。自分の中にある未知の可能性を保証してくれているのです。

だからこそ僕は誰かと協力して目標に向けて邁進する自分の存在に気がつくことができました。

そしてその発見は、僕に多くの学びや新たな成長をもたらしてくれたと思います。

自分の未知を発見する余裕を持つことは大切なんですね。

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一方で自分の傾向性を把握し伸ばしていくことも大切だ

ただ一方で、これまでの人生を振り返った時に浮かび上がる自分の傾向性を把握し受け入れ伸ばしていくことも大切だと思います。

例えば、先程の僕の場合、集団の中で協力し邁進する僕の発見だけにとらわれないで、もともと一人で何かをすることを好む自分自身を否定しないで伸ばしていくも大事だよね、ということになります。

一人で何かをすることを好むという僕の傾向性は自律心の獲得や選択、行動の癖を見につけることにも大いに寄与することだと思います。

なので自分の傾向性も大切にする必要があると思うのです。

まとめると、

「ありのままの自分を大切にしよう」というのは、自分の傾向性を把握し受け入れ伸ばしていくことと同時に未知の自分を発見する余裕を持とう、ということになるのかもしれません。

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