孤独は恐れるものではない、孤独と向き合い自分の理解を深めよう

「孤独」は僕たちに多くの影響を与えます。みなさんも人生のどこかしらの期間で孤独を感じたことがあるのではないでしょうか?

そして、知人と話をしていると、「孤独になることは怖いことだから、なるべく避けたい」という考え方を抱いている人が決して少なくなということがわかってきました。

そこで、今回はこの孤独が僕たちに与える影響を考えたいと思います。

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孤独を恐れると、孤独はさらに自分自身を孤独に追い込む

よく耳にする言葉で「僕たちは一人では生きていくことはできない」というものがありますが、僕たちが一人で生きていくことは不可能に限りなく近いことだと思います。朝起床して、夜就寝するまでの行動を振り返ってみても、(直接的あるいは間接的に)人と関わらずにいる時間はないように思われます。ベッドも布団もご飯も歯ブラシも靴もカバンも学校も会社も誰かが作ったものです。どこの場所にどの時間に行こうが、そこには人がいるし、彼らとコミュニケーションを取り、僕たちは社会生活を営みます。

このように人と関わらないで生きることは現実的にほとんど起こりえないことなのだと思います。

言い換えるならば、僕たちは誰かと関係を築かなければ生きていくことができない、ということなんだと思います。

だからこそ、僕たちは孤独になることを恐れてしまうのだと思います。「孤独になることは生きていくことができなくなるということだ」みたいな考えが無意識に働いてしまうのだと思います。

そして、その恐怖心が僕たちの心を少し間違った方向へ導いてしまいます。他人からのいい評価を得ることに躍起になること、居心地の良さを感じていない集団に同調すること、恋に落ちた相手に対して激しく嫉妬し束縛すること、そういう心の反応をたくさん呼び起こしてしまうのです。

その結果、かえって自分自身をより孤独にしてしまう

そういう負の連鎖が続いてしまうのだと思います。

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孤独と向き合うと、孤独は自分自身を深く掘り下げ、自分自身の理解を深める

しかし、その一方で孤独は僕たちにいい影響を与えてくれます。僕は少なからずいい影響を受けました。

それは、孤独と向き合うと孤独は僕自身を深く掘り下げてくれる、ということです。

僕は大学を2年間留年しています。自分が進むべき方向性をうまく見つけることができずに、研究室を変更して卒業を延長させました。当然僕の友人は就職して他の都道府県へと移動していきました。あっという間に僕の周りから知人はいなくなり、とても孤独になりました。一週間誰とも話さなかったということもあったと思います。

その期間は本当に孤独でした。その孤独に対して恐怖心を抱いて地元の友達に連絡してみたり、一人でどこかへふらふらと放浪したり、あてもないことをたくさんしました。そして上述したように、それらは僕自身により孤独感を与えるだけでした。

しかし、ある日を堺に(確か誰かの小説を読んだことあとでした)、僕はとことん自分自身と向き合ってみようと考えました。そして、ワードで新しい文書を開き、自分自身についてあーだこーだと文字を打ち続けたのです。

僕はなぜ今留年しているのだろう?僕はなぜ小説を読むのだろう?どうして僕は彼女に恋をしたのだろう?僕はいったい何を手に入れたいのだろう?僕は何に怯えているのだろう?僕は何に喜びを感じるのだろう?僕はどうしていまこうして文章を書いているのだろう?

考えられる限りのWhy?を、そして僕なりのAnswerを、ひたすらに文章に起こして自分自身の心の下の方を意識上に引っ張り出そうとしました。そして、その起こされた文章を読み返すと自分自身がどういった人間なのかというのが、以前よりも格段と理解できるようになりました。

たとえば、僕は今まで他人の評価で自分自身の価値をはかっていて苦しんでいたことが分かり、そして自分がやりたいと思ったこと(僕の場合サッカー、読書)をしているときに自分の充実感を強く感じていることに気が付きました。

そこから、やはり僕は何かに縛られずに自由にやりたいことをしたい人間なんだということをありありと実感することができました。

そしてその思いが今こうして僕がブログを執筆している原動力の一つになっているのです。

みなさんも孤独を感じた時は、恐れるのではなく、向き合って自分自身を掘り下げてみてはいかかでしょうか

きっと、自分自身について理解が深まると思います!

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