個人を尊重することの大切な理由とは?僕たちは一人ひとりが多様な存在

僕は人と関係性を築くときに個人を「尊重」することを大切にしています。

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僕たちは一人ひとりが異なる多様な存在

尊重とは、価値のあるものとして大切に扱うことです。

一般的な家庭に生まれた人たちの多くが、「いい大学を卒業していい企業に就職する」という価値観のもとに育ってきたと思います。それが正しいことなのか間違っていることなのかそれは人それぞれ解答が異なるでしょう。

しかし、その価値観しか認められない、あるいはそのほかの価値観は受け入れられないということになってしまうのは間違っていると僕は考えます。

なぜならば、僕たちは一人一人が全く異なる多様な存在だからです

運動が得意な人もいる、本を読むのがはやい人がいる、音楽に共鳴しやすい心を持った人がいる、あるいは数値的に物事を把握することが得意な人がいる、ユーモラスな会話が弾む人もいる、理路整然と説明することが得意な人もいる、文章を書くことが好きな人もいる、絵で表現することが好きな人がいる、集団行動が得意な人がいる、個人的に想像の世界に没入する傾向が強い人がいる、僕たちは数え切れないほどの違いを個人として持っているのです。

それなのに、唯一絶対的な価値観、生き方を定めそのとおりにみんなが同じように生きていくというスタイルはやはり無理があるのではないかと僕は思います。

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自分の中にある多様な側面をたくさん見つけよう

僕たちが多様な存在だということをもう少し具体的に言うと、”一人の人間の中にも多様な側面が存在しており、その多様な側面のどれを自分自身の中で重要な側面だと感じるかも、人によって多様である”ということになるかもしれません。

側面という言葉を価値感と置き換えたほうがよりわかりやすいかもしれません。いずれにせよだいたいそんな感じの意味です。

僕は基本的にシャイで内気な性格だと自分のことを思っています。僕と接する人も僕自身についてそういった印象を抱く人は多いです。

しかし、中には僕のことをとても外向的で冗談をよく口にする活発な人だと印象を受ける人もいます。何人かの人たちに、実際にそういうふうに言われたことがあります。そうか、僕にも自分では知らなかったそういった面を持っているのか、とその時感心したのを覚えています。

また僕が初めて姪っ子に接するという時に、僕自身全く関与しないで遠くから見守っているだけなんだろうなと思っていたのですが、実際の行動はその真逆で、家族の誰よりも姪っ子をあやしていました笑。

この時も僕にはこういった面があるんだなと感心したのを覚えています。

僕の中には確かに僕がまだ知らない多様な側面が存在しています。たまたま内気でシャイで色々一人で物事を思考する面が僕自身にしっくりきているだけなのかもしれません、継続的に表に出せる面に過ぎないのかもしれないと思うようになりました。それはおそらく僕以外の人たちもそうではないかと思うのです。

皆さんの中にも、きっと「新しい自分」を見つけた経験があると思います。そういった様々な自分というものを楽しんでいけるといいですね。また、様々な他人も同じように尊重していけるようになるといいですね。

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